学術雑誌の影響力を測る指標 Journal Impact Factor™(JIF)を知る

その他, 2023.11.02

はじめまして。一昨年『ウマ娘 プリティーダービー』を始めてから競馬関連のニュースが少し気になるようになった笠井と申します。推しウマ娘はサトノダイヤモンドです。
先日、サトノダイヤモンドの父であるディープインパクトの産駒がJRAの歴代最多勝記録を塗り替えた、というめでたいニュースが流れてきました。この偉業が競馬界に与えたインパクトは私の想像を遥かに超えるものなのだろうと感じています。

さて、学術業界で「インパクト」と聞くと最初に頭に浮かぶのは、「Journal Impact Factor™(JIF / ジャーナルインパクトファクター*)」ではないでしょうか。

JIFについては Atlas Journal Café で初めて取り上げるということで、今回はJIFの概要と近況についてお話ししたいと思います。

*一般的に「IF」「インパクトファクター」と呼ばれることもありますが、本記事では統一して「JIF」と呼称します。

JIFとは何か?

JIFとは、毎年6月末頃に Web of Science が刊行している引用統計年間レポート Journal Citation Reports™(JCR)の中で、学術雑誌の影響力を評価するための指標の1つとして発表されている【1論文あたりの平均被引用数】を指します。

つまり、「ジャーナルに掲載されている論文1つあたり、平均して何件の他論文に引用されているか」の値です。読者の皆さまの中には、ジャーナルの最近の動向、研究の周辺・融合領域や他の研究者の状況といった「ジャーナルと研究者の今」を知る際などにJIFを活用されている方もいらっしゃるかと思います。

JIFは、直近2年間の被引用数に注目しています。これは、JIF誕生当時の主な評価対象だったライフサイエンス分野で、引用のピークが出版後2〜3年に集中していたことに由来するそうです。しかし、ライフサイエンス以外の分野にもJIFが付与されるようになり、分野ごとに引用のピーク時期が異なることから、現在では直近5年間を対象としたJIFも算出されるようになりました。

JIFの特徴

JIFは、専門的な知識がなくてもインパクトを定量的に判断できる指標として長期に渡り広く利用されています。図書館におけるジャーナルの購入判断時はもちろん、大学でのテニュア(終身在職権)や昇進審査の際にもJIFが高いジャーナルへの投稿が条件となっていることもあるようで、研究者への影響が大きな指標となっています。

しかし、JIFは完璧な指標というわけではありません。ここでは、JIFの長所と短所を一部ご紹介します。

JIFの長所と短所(一例)

長所 短所
算出式がシンプルでわかりやすい 指標が単純すぎてジャーナルの影響力を十分に評価できない
ジャーナルの出版歴や規模、出版頻度に値が左右されづらい 被引用数の操作が可能でフラットな観点とは言いづらい
中立的な立場の企業(Clarivate Analytics)から付与されており、選択基準が長年一貫している 被引用数で評価する指標のため、非レビュー誌よりもレビュー誌で高くなりやすくフェアではない
半世紀近く利用されており、世界中で広く利用者に受け入れられている 分野間での差が大きく、分野を跨いだ比較が難しい

(参考:棚橋 佳子(2022)『ジャーナルインパクトファクターの基礎知識:ライデン声明以降のJIF』、樹村房)

JIFに代わる評価指標

上記のようなJIFの短所を克服するため、近年特に「ビブリオメトリクス(計量書誌学)」と呼ばれる分野において、JIFの代替案や一般的に扱いやすくした評価指標の開発が盛んに行われています。ここでは、JIF以外の評価指標を一部ご紹介します。

JIF以外の評価指標(一例)

名称 特徴
Eigenfactor(EF) Googleのアルゴリズムをもとに作られた、ジャーナルの影響力を示す評価指標。引用された論文数だけではなく、引用先のジャーナルの影響力も考慮される。
Article Influence Score(AI) 掲載論文の5年間の被引用数を基に、ジャーナルの平均的な影響力を示す評価指標。Eigenfactor(EF)の値/記事数で算出する。
Scimago Journal Rank(SJR) JIFと類似したジャーナルの評価指標。出版後3年間のデータを基に、引用元ジャーナルの評判や影響力を考慮して算出される。
Journal Citation Indicator(JCI) 論文が出版された翌年に引用された回数の中央値を示すジャーナルの評価指標。各分野の引用パターンを考慮するため、分野間での影響力の比較が可能。
Source Normalized Impact per Paper(SNIP) 出版後3年間の平均被引用率を示すジャーナルの評価指標。Scopusのデータベースに基づき、分野ごとの引用パターンを考慮して算出する。
h指数(h-index) 「h回以上引用された論文がh本以上あること」を満たす数値で、主に研究者個人の生涯業績を示す評価指標。
例)h-indexが10の場合
研究者が発表した論文のうち、少なくとも10本がそれぞれ10回以上引用されている
オルトメトリクス(Altmetrics) 論文の社会的な影響力を測る方法の1つ。ソーシャルメディアやブログでの言及、ダウンロード数などのインターネット上の反応を定量的に測定して評価する。

(参考:棚橋 佳子(2022)『ジャーナルインパクトファクターの基礎知識:ライデン声明以降のJIF』、樹村房)

JIFの進化

Web of Science の提供元である Clarivate Analytics のWebサイトでは、JIFについて下記のように述べられています。

 Web of Scienceは、ジャーナルの有用性を評価する際にジャーナル・インパクトファクターだけに依存しているわけではありませんし、他の誰もがそうすべきではありません。(中略)ジャーナル・インパクトファクターは、十分な情報に基づいたピアレビューとともに使用されるべきです。

“Journal Citation Reports”. クラリベイト・アナリティクス・ジャパン株式会社. https://clarivate.com/ja/solutions/journal-citation-reports/, (参照:2023-10-10)

このように、JIFはあくまでジャーナルの品質を測るための指標の1つに過ぎません。しかし、より公正で透明な指標に近づくよう、年々進化を続けています。

2023年6月に発表された2023年版(JCR2022)からは、芸術・人文科学分野の Arts and Humanities Citation Index™(AHCI)と、学際的な新興学術分野の Emerging Sources Citation Index™(ESCI)に収載されているジャーナルにもJIFが付与されるようになりました。これにより、新たに9,000誌以上のジャーナルが対象となり、JIFはより幅広い分野の影響力を評価できる指標となりました。日本では約350誌のジャーナルがJIFを取得しており、うち97誌(AHCI4誌、ESCI93誌)に新たにJIFが付与されています。

また、JCR2022からJIFの表示を小数点以下3桁から小数点以下1桁に変更しました。これは、細かな評価よりも大まかな傾向を把握することに重きを置き、JIFだけではなく他の指標や記述データも考慮するよう促すことを目的としています。さらに、よりシンプルで直感的な評価が可能になり、ジャーナルの影響力を分野横断的に比較しやすくもなりました。

2023年9月には、J-STAGE主催の 「ジャーナル・インパクトファクター取得にむけたセミナー」が開かれ、本記事を作成する際にも参考にさせていただいた『ジャーナル・インパクトファクターの基礎知識:ライデン声明以降の JIF』を執筆された棚橋佳子先生による講演が行なわれました。J-STAGEのサイトで公開されているセミナー資料には、JIF自体のより詳細な説明から審査要件、申請手順まで、JIFに関する内容が幅広く記載されておりますので、セミナーに参加されていない方もぜひご覧ください。

おわりに

JIFはシンプルで扱いやすく、世界中で広く使われているため、ジャーナルを簡易的に評価する際に分かりやすく便利な指標だと思います。
しかし、学術的な品質は、著者か読者かといった評価側の立ち位置や評価の文脈、国ごとの文化や分野などの様々な要因によって変動しうるものであり、JIFという結果のみに目を向けてしまうと、正しい結果が得られないことにもつながりかねません。そうならないためにも、JIFはあくまで一つの指標であることと特徴をしっかり理解したうえで、内容や他の指標も考慮しつつ適切に活用していきたいですね。

さて、JIFの概要と近況についてのお話はこれで以上とさせていただきます。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
これからも Atlas Journal Café では、学術に携わる皆さまのお役に立てるような、本サイトを訪れていただいた方々にも楽しんでいただけるような記事をお届けしてまいります。
それでは、次回以降の更新も楽しみにお待ちください。